2011年6月20日月曜日

105ブレーキ、インストールコンプリート!

今月はブレーキの強化月間と位置付けて、TEKTROのブレーキを交換し、105化します。
まずはレッドドルフィン号登場。
こちらが交換前のブレーキ、TEKTRO

これも悪くはないのだが、峠の下りで若干不安を感じた。
荒サイや一般道では、十分な性能であると思うし、効きも良かったと思う。

そしてこちらが、SHIMANO105のブレーキ。
サイクルプラスで取り寄せしてもらった品。

どうせだったら、カラーを黒にしようかと・・・。
こうして、並べてみると、前後のブレーキはまったく同じ部品だ。
唯一違うのは取り付けられているシューの向きぐらいである。
ブレーキシューは、先日ULTEGRAに交換したばかりなので、もとのものを移植して使う。貧乏臭いが、これで予備がストックできる。
 交換の作業は、1時間ほどで終わった。

特に難しい作業はないが、TEKTROをSHIMANOでは、ワイヤーを留める位置が違うようだ。ワイヤーパイプの長さが少し余ってしまった。
これは、ブレーキレバー交換(7月予定)で、ワイヤーごと調整してもらおう。
(もちろんサイクルプラスで)
翌日、試運転しながら、ブレーキテスト行った。
インプレッション!!
うーん・・・うーん・・・・・・・うーん、何が違うのか、まだわからない(泣)(-_-;)

2011年6月19日日曜日

シーズン前の船底清掃

今回の記事は自転車じゃなくて、船の話題。

今週末は船のメンテナンスと決めていた。
6月も後半になれば、海水温が上がり、海中生物の活動が活発化する。
海草や貝、プランクトンなどに船底を汚される前に、対策をしておきたい。
土曜日の10時半に予約したクレーンで船を陸に上げた。
まずはラブランシュ号。

やはり大量の貝が付着している。
ムール貝のようなタイプと藤壺が多い。
まずはジャリジャリと削り落とした。


それでも落ちないのは、海草の根とプランクトン、藤壺の残骸などなど。
この後、高圧水流ではじき落とした。


続いてルーク号。

ルーク号は半年前にも清掃しているので、付着物は少なかった。

ルーク号はブラシでこすり落としながら、高圧水流で流し落した。

さて、作業休憩の後、洗いあがった水気も乾いたので、ラブランシュ号の船底塗料を塗布していく。
本来ならば、船底をサンダー等で削り落としたいのだが、今回も上塗りにした。
ラブランシュ号は、船歴も15年となり、老朽化がいちじるしい。
そろそろ買い替えを、との声もあがるが、今年はこの船で頑張ろうと思う。

かなりキレイになった(ように見える)。
作業前、作業後を写真で比較してみる。
陸揚げ直後

削り落として、高圧洗浄

船底塗料、塗布完了
なかなかの出来栄えである!
日曜日は船台で塗れなかった部分を仕上げて、再びクレーンで海に浮かべ、元のバースに戻した。
左ラブランシュ号、右ルーク号
参加したメンバーの皆様、お疲れさまでした。
日曜日に無事に船を戻し、船内を軽く掃除しておきました。
梅雨が明けたら、まずメンバーでのクルージングにでかけよう!

2011年6月16日木曜日

元気があれば何でもできる

ここ3日間ほど、風邪をひいて体調を崩していた。
もちろん電車で通勤したけど、電車でさえキツク感じた。

でも今日17時ごろ、風邪が身体を抜けてゆくのを感じた。
身体の中の台風が去った感じ。
ありがたい、ありがたい。
元気がでるとやる気も戻る。

明日は後輩と飲み会だ。
早く帰れたら、これを着けたいと思っている。

Shimano105のキャリパーブレーキ!
ブラックバージョンだ。
ダウンヒルでは、ブレーキの重要性を感じた。
だからブレーキ強化である。

土曜日は船の船底清掃を予定している。
小雨ならば雨天決行だ。
そして、日曜日は船をクレーンで浮かべるので、再びマリーナにいくのだが、自転車で行ってみ用と思っている。
それまでに体調整えて、ブレーキのセッティングを完璧にしたい。

やっぱり健康って大事だ。

2011年6月12日日曜日

求む!23区内激坂

私が住む足立区には坂がない。
河川に囲まれ、土地が低いのだ。
そのためか、土地の価格も低い。
私のような貧乏人にはありがたいが、ヤビツ峠にリベンジするためのトレーニングをする坂がない。
ならば、都内でそれ(峠のような激坂)を探すべし!

うーんと、まず思いついたのは、上野。
上野には上野山がある。
西郷ドンがいるところだ。
線路沿いは激坂だった記憶がある。
コースはイメージできないが、行ってみる価値あり。

早速昭和通りを上野に向かった。
そして激坂が目の前に・・・の写真がこれだ。ワン、ツー、スリー

確かに坂道だ・・・が、なんだか渋滞している。
これはもしかして、パンダ渋滞では・・・。
上ったけど、上野山をすぐに降りてきた。

それならば、江戸城を目指すべし。
お城は、高いところに作るのだから、坂があるはずだ。
更に昭和通を進み、大手町方面へ右へと曲がった。
そこには皇居のお堀が見える。
そして、多くのランナーたちに混じって、ローディさん達が走っているではないか!
これにはビックリ、の写真がこれだ!ワン、ツー、スリー


この広い通りをせき止めて、サイクルロードにしてくれているようだ。
よしそれならばここで練習しよう!
折り返し地点を回り、計ってみると1周、約3.5kmもある。
筑波サーキットより長いぞ。
でもファミリーやデートで来ている方々もいるので、サーキットのようにとばしてはいかん!
安全に気を配りながら、そして歩行者が渡る信号にも気をつけながら、3周ほど回った。
少し汗をかいたので、ちょっと休憩。

お侍の気分で、江戸城に入城することにした。
宮内庁のメンテナンスは見事である。
無料公開されている部分にもゴミ一つ落ちていない。
当然かもしれないが、国の重要な文化財であり、陛下がお住まいになる皇居でもある。
たくさんの外国人が訪れていたが、この美しい石垣、堀、橋のひとつひとつが、日本人として誇らしく感じた。

さて、皇居の周りは練習にはなるが、坂はなかった。
と、ここでひらめいた!
九段に行くべし!
靖国神社の行く時、坂を登った記憶が浮かび上がってきた。

そして・・・
ついに見つけた、この坂道!
http://www.tokyosaka.sakura.ne.jp/PICT0116chiyoda-kudanzaka-hyoshiki2_a.jpg より
九段下から、靖国神社方面へ上り、九段上かでの坂道はなかなかものだ。
http://www.tokyosaka.sakura.ne.jp/PICT0105chiyoda-kudanzaka3_a.jpg より
九段上を左折して、竹橋方面へ戻る。
ここは下り坂となる。
そして、毎日新聞の交差点を左折して、九段会館の前を通って、再び九段下交差点へと出る。
これを3周した。
すると、ヤビツ峠の時と同じ疲れが、左膝に来た。
間違いない、この疲れ、この違和感だ!
喜ぶのもヘンだが、ちょっといい感じである。

さて、ぐるぐる回って疲れたので、靖国神社を参拝しよう。

「下乗」とあらば、自転車降りねばなるまい。


靖国神社の入口付近に、若くして命を散らした兵隊の家族に向けた手紙が掲載された掲示板がある。毎回変わるのだろうか、前回とは違う手紙のように感じた。
祖国と家族を守ろうとする若者の気持ちがひしひしと伝わる。
自転車に乗ってグルグル回って遊んでいるのも、先人のお陰様である。
これからも、この坂をグルグル回らせていただき、峠道ひとつ登れぬ男子を克服し、いつのひかローディとなることを心に誓うのであった。

帰宅すると15時だった。
本日の走行距離48kmでした。

2011年6月8日水曜日

ヤビツのデータ

サイコンのデータを記録しておいた。
■走行距離:183km
一日の走行距離でこれまで最高値。
■平均速度:21.1km/h
ジテツウでは22から25km/hなので、この値は普通だ。
しかし峠の上り20kmや、都内のストップ&ゴーを考えると、まずまずの数値かも。
■最高速度:54.5km/h
この自転車に乗り始めての最高速度。
もちろんダウンヒルで記録したもの。
これまでは荒サイでスロープを降りながら加速した45キロぐらいが最高だった。
でも、後で教えてもらったIさんの施行速度は63km/h!!
これにはビックリ。
はっきり言うと、距離やスピードの記録には、強い思いはない。
日を追うごとに、ヤビツで3回も脚をついてしまったことを悔いている。
悔いてもしかたないので脚をつかず上る日を目指す。

月曜日からのジテツウでは、ケイデンス重視を徹底している。
スプロケの小さいギアから数えて、5段目、6段目以外には使わない。
もちろんチェーンケースはアウターのみ。
そこで90回転/分で回し、32~35km/hをキープする。
つまりギアやコンポなんてどうでもいい。
平地で高速回転できなければ、上りでインナーに入れて、1番軽いギア、2番目のギアを使って上ることは到底できないだろう。

回せ!レッドドルフィン号

2011年6月7日火曜日

ヤビツに行ったらわかったこと

初めてヒルクライムに挑戦して、多くの事を知った。忘れないようにメモしておく。あくまでも私自身が感じたことであり、総論や一般論には当てはまらないかもしれない。

1.長距離ライドで感じた【ビンディング調整の重要性】
都内は信号が多い。必然とビンディングを外す、着ける、という回数が多くなる。これが以外と脚の力を奪っていく。そして信号が青になった時、ビンディングが決まらないとダッシュできない。
■ビシッときまるビンディングとシューズを追求、調整するべし!

2.ヒルクライムで感じた【軽量化の重要性】
上りでのこと、10、9、8キロとサイコンのメーターが下がっ行くのを見ながら、こんなに自分と自転車を重たいと思ったことはなかった。自転車重量が軽い方が有利だということを身をもって理解した。
■ヒルクライムでは、軽い自転車、軽いホイールが絶対的有利。

3.ダウンヒルで感じた【フレーム剛性の必要性】
「クロモリ」は軟らかいとか震動吸収性がいいとか言われていた。でも軟らかいなんて思ったことがなかった。しかし、今回のヤビツの「下り」でのこと。初めて自転車の剛性に不安を感じた。時速53km/hでカーブを曲がった時、フレームがしなるのを感じた。クロモリが軟らかいと初めて感じた瞬間だった。
■ダウンヒルを追求するならば、かたいフレームが必要!(追求するかわからんが・・・)

4.ダウンヒルで感じた【荷重移動の重要性】
ヤビツの頂上からダウンヒルで降りた時、メンバーのIさんが、最後尾から一気にメンバーを抜き去っていった。その様子を後ろから見ていたとき、スキーの大回転を見ているようだった。
■ダウンヒルで早い人は、荷重移動が上手い。

5.ダウンヒルで感じた【ブレーキ強化の重要性】
下りでは、ブレーキを掛けっ放しだった。もしブレーキシューが飛んだら・・・。
■ブレーキの強化とメンテナンスはとても重要。

以上、今回学んだ一部です。

2011年6月5日日曜日

嗚呼!ヤビツ峠 【特別編】

「山登りしませんか」と、チームサイクルプラスのメンバーの声掛けで、行ってきました「ヤビツ峠」 !!

初めて、ヒルクライムに挑戦する。
不安がないといえば嘘になる。ググってみると自宅からヤビツ峠まで約80kmもある。果たして、そこまで行って、登って、帰ってこれるだろうか?ヘタレの自分と、クロモリのクロスバイク。悩んでも、突然脚に筋肉がつくわけでもないし、ある朝バイクがカーボンになっているワケもなし。だからチューニングはこれである。アミノバイタル、「あなたに元気を」、泣かせるコピーだ。

さてさて、土曜日朝6時、サイクルプラスが誇るハイパーサイクリスト7名がごろサイクルプラス前に集合。途中コンビニ休憩を挟みながら、都内を抜けて、国道246号を西へと進む。足立区や荒サイには、ほとんど坂がないが、都内であっても渋谷区などには緩やかな坂道がある。つまり足立区のサイクリストは坂の経験が少ないといえるのだろうか。とにかくヒルクライムに向けて、脚を使い果たさないよう、意識してセーブしながら神奈川県大和市まで駒を進めた。
ところが・・・ヤビツまでもう少しというところで、1人の選手の脚に異変が・・・。脚がつった、というか肉離れのような状態だ。一般道でのアップダウンも辛い状態だった。彼はメンバーの目的を優先し、自分のヤビツトライをあきらめ、ふもとのコンビニで他のメンバーを待ちながら、脚を少しでもクールダウンすることになった。
そしてついにヤビツに到着。早速トライ開始。
この時点で14時近い時間となっていた。

この日の前日に納車になったメンバーはバイクに慣れることに専念し、私も当初目標の「登りきる」を目標にスタートした。勇猛果敢なメンバー4人はタイムトライアルに挑戦。

結論を書く。
途中で3回の休憩を入れ80分かかって、山頂へ登りついた。
タイムトライアルしたメンバーは43~44分!その倍の時間がかかったわけだ。やっぱりヘタレだが、でも、目標を達成した。
 さて、スタートを切ったものの、最初の4kmぐらいがとても辛く、長い道のりに感じた。
後からスタートしたメンバーから「頑張れ」とエールを受けて、一人旅が始まった。しかし、延々と続く坂道。これが辛い!!!ホントに辛い!
特に最初の交差点(スタート地点)からバス折り返し地点まで、ペダルを思っていたように回せていなかった。東京から秦野まで移動するだけで、脚はヘロヘロ状態。そこにこの急坂である。なんとか10km/hを切らないように・・・とダンシングで抵抗するが、よけい脚の筋肉を疲労させて、自転車は止まった。最初の休憩。座りこむと山の爽やかな風が吹いてきて、何とも心地いい。「もうここでいいや」と心の中でつぶやいた。
しかし、抜いていった仲間が山頂でまっているはず!ここで止めては、「ローディへの道」がついえるかと思った。再びペダルに力を込めるが、状況は好転しない。登っても登っても、カーブを回っても回っても、これでもかと坂が続くのである。
サイコンを見ていてもつまらない(8キロを指す)ので、これまでの人生で辛かったことを思い出すことにした。比較して、「あれに比べれば、まだいい。頑張ろう」と自身を励ますためだ。冬の琵琶湖で助けを待った時のこと、雨の日に首都高の渋滞標示板の修理をしたこと、うーん、これ以上ない!頭の中でググってみても、あまり辛いことがなかったのかと驚いた。だったら、頑張ろうと思いなおした。 そして前述のとおり、ゴールしたメンバーから約40分遅れて山頂についた。
やれやれ・・・。
そうか、こんな高いところまで登って来たんだから辛いわけだ。
フォト

ふもとで私たちを待ってくれていたメンバーと合流し、帰路は確実に帰りつけるよう、少しペースを落としながら進む。そして無事にサイクルプラスまでついた。サイコンの時計は12時なっていた。
夜中まで私たちチームメンバーを待っていてくれたサイクルプラス店長に感謝します。

おまけ
ヒルクライムの翌日、自転車とシューズを磨いた。ヘタレの筆者を神奈川の秦野まで運び、山登りに付き合ってもらった。下りのカーブでも遠心力に耐えて、踏ん張ってくれた。
 ありがとう、レッドドルフィン号!