2011年4月29日金曜日

行くぞ!ドルフィンホーン<(`^´)>

今日はほっとした話。
筑波8耐事務局からメール回答があり、ドルフィンホーン(ブルホーン)が改造申請で何とか認めてもらえそう。

--------(以下メール)---------------
ご参加ありがとうございます。
お問合せの件について
写真で寸法が分かりませんので難しいですが、
ハンドルの幅は480nnなので大丈夫ですが、
大会特別規則書第2条②MTB系3及び2も参照
幅480mmより内側に80mmまで(戻らない)
幅480mmから先端に180mm(曲がってから先端まで)
*2参照のアシストバ(バーエンド)の規定180mm(長さ)80mm(幅)
 以内であれば認められます。
 改造申告でお願いいたします。
----------(ここまで)--------------

良かった。ハンドル戻す手間が省けたし、何よりより空気抵抗の少ない姿勢で走れる。
頑張ろう!レッドドルフィン号!

さて今日はチームジャージが完成して、受け取りに行ってきました。
オリジナルデザインチームジャージがこれだ!ワン・ツー・スリー
これを着て走ります。
明日は朝練も頑張ろう!!

2011年4月27日水曜日

荒サイで3台にごぼう抜きされた(-_-;)・・・調子悪かったのさ<(`^´)>

今朝の強風はすごかった。
Maxブロウで20m/sは吹いていたと思う。
荒サイに出ると、右斜め方向(南)からまともに受ける格好となった。
ブロウが来ると、サイクルロードから弾き飛ばされるかと思うぐらい振れる。
スピードは30km/hを切ってしまう。
ドルフィンホーンの先端を握り、なんとか25km/h以上をキープして走る。

その時後方から「シャー」とチェーンを鳴らしながら接近する気配を感じる。
「張り付かれた」
すぐに横に並んだのは、ドロップハンドルのシモハンを握るロード。
・・・ではなかった。
レッドドルフィン号の前に出たのは、銀色のピストに乗った兄さんだった。
ピスト兄さんはエアロフォルムがきまっていた。
風が強い日は、クロスバイクのスピードなど凌駕するというのだろうか。
しかしもうすぐ水門で短い上り坂がある。
「そこでカウンターだ!」
ピスト兄さんに食い下がるが、それでも強風が邪魔して近づけない。
そして思ったとおり上り坂で速度を落とした。
「ここで追いつく!」
と思った時だった。
視界に黄色ウェアのローディが登場。
SCOTTのイエローカラーだった。
一気に抜き去ると、その勢いでピスト兄さんを軽く抜いていった。
35km/hは出ているだろう。
このこの強風下では圧倒されるスピードだ。
荒サイを降りるまで、まだ距離がある。
気を取り直して、またピスト兄さんを追う。
すると・・・
今度もいきなり抜かれた。
CARRERAの文字をフレームに見つけた。
赤、黒、白のカラーリングがかっこよかった。
試しに後ろに着いてみた。
「なんて楽チンなんだ」
後ろを走るのがこんなに楽なんて・・・

そして、荒サイを上がる四ツ木ポイントまで来た。
短い距離で3台に抜かれてしまった。

私は言い訳がましいヤツだ。
ヨットレースで負けても言い訳ばかり。
道具のせいにしたり、天気のせいにしたり・・・。
男らしくない、ダメな性格だ。

そして今日も言い訳しよう。
今日は朝から体調が悪かったのだ。
風邪気味で身体がダルくて、熱っぽかった。
そう、プールに入ったら寒気を感じて、会社に着いたら悪寒がする(予定)はずだ。
400円のこいつを飲んだ。
するとみるみる良くなっていった。
そのことを同僚の女性に話すと、「それって風邪じゃなくて、花粉症じゃないですか?ヒノキとか?」
えっ?風邪じゃない?
調子悪くなかったのか?
ただ遅くて抜かれただけだったのか?
教えてくれピスト兄さん!!

2011年4月25日月曜日

ドルフィンホーンじゃダメですか

筑波8耐まで約1週間となった。
今日もジテツウの短い時間だが、荒サイを全力で滑る。
旅行に出かけた10日間のブランクがなかなか元に戻らない気がする。
でも帰りは、自転車レーダーというか、まわりに何があるかマップする感覚が戻ったような・・・。
例えば、前を走る車の次の動きを予測する。後ろについてくるクロスバイクとの間隔。
信号スタートでバイクに道をゆずる動作。なんか自転車感覚が戻った感じがしたのだ。

と、それはいいのだが、昨日大会事務局に電話してみた。
同じチームのメンバーに、念のため確認したほうがいいとアドバイスを受けていた。
ドルフィンホーン(ブルホーン)では車検が通らず、走れない可能性があるのではないかと心配してくれていた。
そして電話した結果は、「NG]
やはりダメだった。
手を持ち替えないとブレーキできないような改造は出場を認めないとのことだ。
この週末にもとに戻さないと・・・。
以前のフラットバー

現在のドルフィンホーン
乗車姿勢が起きた形になり、風に弱くなり、最高速も伸びないだろう。
でも仕方ない。
まずはハンドル取り替え工事なのだ!

2011年4月23日土曜日

心肺が心配、だから日の丸キャップに学ぶ

ようやく早朝営業が再開したプール。
バイクで熱くなった脚を冷やす効果があるようで、ジテツウの朝には欠かせない。
しかし、頑張りすぎると逆に疲労が残るので、バイクの後のご褒美としてゆっくりとリラックスして泳ぐことを心がけている。

するとその時だった。
横のレーンで泳いでいた人に抜かれた。
水着から女性だった。
朝のプールは若い女性など来てるわけなく、年配の女性が多い。
そして、抜いていく姿からバタ足している様子がない。
「なに?」と思い、水をかく腕に力を込める。
しかし追いつけない。
ターンしてもダメ。
あきらめてしばらく泳いだ後、顔をあげた。
すると隣のレーンに悠々と泳ぐ女性が見えた。
なるほど小さいビート板を脚に挟んで、クロールの手の動きだけで泳いでいる。
http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/h1swim/h1kn20/h1cr50/h1cr51g1.jpg より
そして・・・白いキャップには日の丸が!
小さくJAPANの文字。
http://ec3.images-amazon.com/ より
良く観察すると(いやらしく思われないように)一回、一回呼吸を入れている。
それでスピードをいじしているのだからスゴイ。
早速マネしてみる。
なるほど有酸素運動に基本だろうか、リズムよく心肺機能を使える。
これを続けることで心肺機能がアップできればと思う。
レースまであと2週間を切った。
すこしでもベストな状態に近づけていきたい。

2011年4月20日水曜日

まわれ105クランク!

今朝は10日ぶりにジテツウ再開。
そして105クランクに換えてから初めて走ってみた。
結論・・・よく解らん!
信号待ちなどで、スタートダッシュするときは、確かに脚が軽くなった感があるかもしれないが、微妙な変化だ。
しかし、初めて105を装着したことで意識が上がったのは間違いない!
まわれ!105クランク!


http://cycle.shimano.co.jp/より

ところで・・・自転車力が低下したと感じた。
10日走らなかっただけで、すごく体力が落ちてしまったようだ。
向かい風ではケイデンス90なんてとてもムリ。
70すらキープできていない。
5月のレースまでに調整してゆこう。
すっかり花を散らした桜の前で撮影。

2011年4月19日火曜日

105クランク、インストールコンプリート!

ポーランドに旅行に行っている間・・・。
レッドドルフィン号はサイクルプラスに預かってもらっていました。
(スペシャルサンクス、サイクルプラス)
その間に、BBのギシギシ音を解決してもらいました。
そして、初めて105系のパーツをインストールしました。

BBもshimanoに交換して、クランクセットを105に!
これは自転車仲間(先輩)のEさんのご好意でインストールできました。
ありがとうございます。
明日からジテツウ再開!
5月のレースに向けた調整を行う予定。
頑張る!!

2011年4月18日月曜日

ポーランドへの旅

しばらくブログをお休みしておりました。

実は8日間の日程でポーランドに行ってきました。
その話を少し書かせてください。

自宅をホストファミリーに登録して2年になります。
初めての迎えた留学生はポーランドから来てくれた可愛らしい女子高校生でした。
その子がハタチの誕生日を迎え、その日に合わせて彼女を訪ねたのです。

海外留学生を預かると決めた時から、来てくれた留学生の母国を訪ね、再会するのが夢でした。
夢がかなったわけですが、それは想像を超えた、とても素晴らしい旅でした。

11時間以上の飛行を経て、ワルシャワに着くと、翌日には大学のクラスを終えた彼女が私たちをホテルまで迎えに来てくれました。変わらない笑顔で「すごい!すごい!」と飛び跳ねて喜んでくれました。ワルシャワで会えるなんてホントにすごい!


その後、大学で知り合ったボーイフレンドを紹介してくれました。彼も勉強中の日本語で一生懸命話してくれました。さらに翌日、彼らは私たちに電車のチケットを用意してくれ、クラクフという街に案内してくれたのです。車中で楽しそうに話す2人を見ていると、なんとも微笑ましく、幸せな気分でした。彼女を笑顔にしてくれた彼に感謝する気持ちを覚えました。こんなの初めてです。


最終日には自宅に招かれ、ご両親と彼女の幼なじみとともに手作りのポーランド料理を楽しみました。ご両親も昨年来日され、既にお会いしているので、久しぶりの再会になります。ご両親はとても素晴らしい方で、彼女が多くの友達に愛される理由がわかります。両親は小さいころから娘の成長を映像で記録し、映画のようにまとめ、それを私たちに見せてくれました。美しい彼女は子供のころからテレビCMに出演していました。でもそれもそのはずで、お母さんはポーランドでも有名な女優なのです。料理をテーブルに並べ終わると、「ごめんなさい、舞台があるの。ゆっくりしてください。」と自宅を出て行きました。

そして日本が大地震で被災したこと、今も原子力発電所が不安定であることも、皆が知っていて心配してくれました。
ワルシャワは第2次大戦の局地戦で、多くの人々の命と共に、歴史的建造物のほとんど全てを失いました。博物館では焼け野原となった市街地が記録されていました。しかし、彼らはその歴史的建物を再建し復興したのです。建物の形や色、ヒビまでも再生したと言われています。日本も戦争から立ち上がった国です。共通する思いと共に、震災から復興へ向けて、出来る限りのことを頑張ろうと思いました。

とても素晴らし旅になりました。
ポーランドのハタチになった愛する留学生に感謝しています。
ワルシャワの地下鉄や博物館の前で何度も待ち合わせしました。
そのたびに笑顔で手を振ってくれました。
ありうがとう。